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オーケストラ音楽朗読劇「クラシカル・クロニクルOp.01 マエストロ・アントニオ・サリエリ」公演レポート

実力派キャストたちが演じる歴史のドラマを、オーケストラとピアノの旋律が彩る絢爛豪華な音楽朗読劇が、1月5日、埼玉会館大ホールで開催された。
舞台は18世紀、革命の波に揺れ動くヨーロッパ。登場する音楽家は、ウィーンの宮廷作曲家サリエリとモーツァルト。優雅な音楽の背後にあった情熱と努力、そしてせつない友情のドラマを振り返りながら、新春を華麗に彩った公演の模様をレポートする。

はじまりは、サリエリとモーツァルトの「オペラ対決」

正月らしい青空が広がった1月5日。ホールに到着した観客たちは、優雅に流れるクラシック音楽に出迎えられた。ステージには、ドレープの入った紺のカーテンを背景にアーチを描く赤い幕が垂れ下がり、輝くシャンデリアが宮廷の雰囲気を醸し出す。下方には5つのマイクとともに、オーケストラとピアノの陣形が広がり、これから旅する歴史物語への期待が自然と高まった。
今回の朗読劇の主人公は、石川界人が演じるアントニオ・サリエリ。
18世紀、ヴェネツィアから言葉も文化も違う神聖ローマ帝国の首都ウィーンへ移り住み、24歳の若さで宮廷作曲家となった人物だ。「モーツァルトのライバル」として描かれた数多の創作を通して名前こそ知られているものの、実際の彼の生涯や音楽については、十分に理解されているとは言えない。音楽家の知られざる側面を紹介しようとする制作側の情熱に呼応するように、客席では「インターネットにあるサリエリの音源を聴いて予習してきました」といった熱意ある声も聞くことができた。

帝国王立宮廷劇場交響楽団の楽団員たちが楽器を手にステージ上に現れると、会場は早くも静寂に包まれた。緊張感漂うなか、流れるチューニングの音。いよいよ、指揮者・吉田行地の登場だ。吉田は、拍手に応え一礼するとオーケストラに向き合う。瞬間、タクトの動きとともに、華麗な音楽があふれ出す。サリエリの『カティリーナ』序曲だ。
序曲の終わりとともに、下手にひとりの人物が現れ、観客に語りかけはじめた。古川慎が一人二役で演じる、老ダ・ポンテである。プロローグの時代設定は1830年代のニューヨーク。かつてウィーンの宮廷詩人としてサリエリやモーツァルトとともに青春を過ごし、数々のオペラの台本を手掛けたダ・ポンテの回想は、華やかな昔日のウィーン、シェーンブルン宮殿へと遡っていく――。
厳かな足取りで、ステージ上に全キャストが現れた。
中央にはタイトルロールの石川界人(サリエリ)、石川から下手に石谷春貴(モーツァルト)、古川慎(ダ・ポンテ)、上手にはサリエリの主家ハプスブルクの兄妹を演じる小野友樹(ヨーゼフ2世)、瀬戸麻沙美(マリー・アントワネット)。男性キャストたちはそれぞれのイメージカラーのフロックコート、紅一点の瀬戸は王妃の装いをイメージした白いワンピースにつば広帽を着用している。凛とした立ち姿で全員が揃うと、古川が一転若々しい声を張り、宮殿での「オペラ対決」のはじまりを告げた。
モーツァルト、そしてサリエリが自作のオペラを自信たっぷりに紹介すると、目の前のオーケストラが実際の序曲を演奏する――まるでアントワネットとともに宮廷の演奏会に招かれたかのような演出だ。会場中が、一気に世界観に惹きこまれていく。
「声と音楽」によって作り出す、目に見えない「情景」――稽古の段階からキャストたちがこだわり、話し合いながら作り上げた朗読劇の醍醐味を、冒頭から目の当たりにする体験だった。


オペラ対決は1786年、フランス革命の3年前という設定だ。
当時、国民の求心力を失いつつあったアントワネットが人気回復のために持ちかけたオペラ制作の依頼によって、ふたりの音楽家と劇作家は歴史の波に揺られることになる。
フィクションを挟み込んではいるものの、物語は、モーツァルトとダ・ポンテによる『フィガロの結婚』初演、サリエリのパリへの旅立ち、パリでの失敗から成功へと、史実をベースに進んでいく。希望に満ちた前半で5人の信頼関係――とりわけ3人の芸術家たちの絆が描かれれば描かれるほど、ヨーゼフ2世の死をきっかけに決裂していく友情や、激動の時代に翻弄される芸術家たちの苦しみが、ぐっと胸に迫ってきた。
物語のラスト、最期の会話によってサリエリは、モーツァルトの語る「自由」の真意を知る。音楽の政治性を痛感し、作曲家としてスランプになるほど苦悩していた彼は、その対話と、ともに連弾したモーツァルトの遺作『レクイエム』によって音楽への愛を取り戻し、死後にその初演を手がけるのである。
『レクイエム』が流れる中「音楽家でありつづけるんだ」と宣言したサリエリが、ステージに残っていたモーツァルトとともに舞台を去っていくラストシーンは、最高に美しい幕引きだった。

5人のキャラクターについても、簡単にご紹介したい。
サリエリは、皇帝に忠実で仕事は真面目、音楽への情熱も持ったいわゆるエリートキャラ。気難しそうに見えるが実際は世話焼きで、6歳年下のモーツァルトに「パパ」呼ばわりされている。石川界人は、そんなコメディパートから怒りを爆発させるシリアスな場面、苦悩に満ちたモノローグまで、緩急を的確に演じ分け、主人公ならではの受け身の演技でも堂々と実力を見せつけた。
モーツァルトは、自らを天才と豪語する子どもっぽい振る舞いの奥に、階級社会への怒りや野心を秘めた人物として造形されている。石谷春貴の声は、爽やかさの中に垣間見える毒や揺らぎが魅力的。とりわけサリエリとふたりきりで対峙したラストシーンでは、セリフの一つ一つに慈しみすら感じさせ、会場の涙を誘った。
ダ・ポンテは、今回の語り手でもあり、飄々とした狂言回し。古川慎は「弁が立つ才人」という設定を生かし、自然なアドリブと早ゼリフで全体を引き締めた。圧巻だったのがサリエリとの決裂シーン。大きく手を振り上げ、いまにも殴り掛かりそうな熱い芝居に石川が呼応していくのが感じられ、生の舞台の興奮を最も感じた瞬間だった。
皇帝ヨーゼフ2世は、国民や音楽のためなら援助を惜しまない、志高き君主だ。小野友樹は、のちに自ら「パパのような気持ちで」と語っていたとおり、やさしさにあふれた声で会場を包み込んだ。だからこそ一層、その切ない最期が心に残ったのかもしれない。
そして、マリー・アントワネット。あまりにもイメージが先行しすぎているこの人物に迫るため、資料にもあたったという瀬戸は、品格ある貴婦人でありながら、生来の勝気さや無邪気さで物語を前進させる、本作ならではのフランス王妃を見事に演じ切った。

そして、もうひとりの主役が音楽である。
オーケストラによって、サリエリとモーツァルトの楽曲が要所要所で演奏されるのは前述のとおりだが、会話やモノローグの背景には、ピアノによる「生BGM」が演奏される。オペラのレチタティーヴォ(話すように歌う場面をチェンバロなどが伴奏する)に似ているが、声優の演技を実在のクラシック音楽で生伴奏する例は、世界初かもしれない。
ピアノを担当した林そよかは作曲家でもあり、この日オーケストラによって演奏されたサリエリの『カティリーナ』と『はじめに音楽、おつぎに台詞』を自筆譜から浄書し、オーケストラ用の楽譜を制作するという一大事業も手がけた。楽団員からは、「サリエリの存在は知っていっても、音楽を演奏する機会はほとんどない。彼の音楽を演奏できてうれしい」という声も多く聞かれた。音楽的にも、非常に貴重な公演だったといえるだろう。


公演の終わりには、キャストによるフリートークが行われた。
昼の第一回公演後は、全員が生オーケストラとの共演に興奮気味。古川が「オーケストラ目当てでお引き受けしたので感無量」と本音を漏らしたり、小野がツッコミを入れたりと笑いが絶えず、キャストたちの仲のよさに顔がほころんでばかりだった。
そして夜の第二回公演後は、楽しい上に感動的だった。爆笑を誘ったティンパニ奏者観察にまつわる「お詫びと修正」(小野)も忘れ難いが、「(パンがないならお菓子を……は)アントワネットの言葉じゃないという説もある。歴史を新しい視点で、当時の音楽と一緒に演じるっていいですね」(瀬戸)、「ベートーヴェンやワーグナーの朗読劇も聴いてみたい。クラシックっていいね!」(古川)、「音楽にはパワーがある。次の機会があれば、みなさんもまた朗読劇を作る一員になってください」(石谷)といったコメントに、音楽とともに一日を駆け抜けたキャストたちの実感が満ちていたからだ。
指揮者の吉田行地もまた、本作の「声と音楽のかけあい」に大きな手応えを感じたという。終演後、「今回のようにピアノもいいけれど、オーケストラが朗読ともっともっと絡みあうような構成でもやってみたいですね」と意欲を語ってくださったので、今後に期待したい。

理想形としか言いようのない最高のキャスト陣に、最高の音楽。
稽古、リハーサル、そして二回の公演の中でも驚くべきスピードで深化していったトップランナーたちの凄味を肌で感じながら、クラシック音楽への愛と希望を再確認できた、幸福な現場だった。
「クロスオーバーの醍醐味は、その先にあるもの(声が好きなら音楽、音楽が好きなら声)を知るきっかけになること。新しい沼に、ぜひ足を踏み入れてみてください」という石川の言葉どおり、『クラシカル・クロニクル』が誰かの新しい出会いのきかっけになること――そして再び皆様にお目にかかれることを願ってやまない。

取材・文:高野麻衣
写真:クラシカル・クロニクルプロジェクト事務局

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